練習しているのに伸びない理由
―「努力不足」ではなく「設計不足」―
部活動や競技の現場で、よく聞く言葉があります。
「もっと練習量を増やそう」
「走り込みが足りない」
「努力が足りない」
しかし、スピードスケートでは
練習量を増やしてもタイムが伸びない、むしろ悪くなる選手が少なくありません。
それはなぜでしょうか。
答えは単純です。
競技力は練習量だけでは決まらないからです。
パフォーマンスは「能力 − 疲労」で決まる
スポーツ科学では、パフォーマンスは次のように説明されます。
発揮能力 = 身体能力 − 疲労
筋力や持久力が向上していても、
疲労が残っていれば競技力としては発揮できません。
この考え方は「フィットネス・ファティーグモデル」(1970年代に運動生理学者エリック・バニスター(E.W. Banister)らによって提唱される)と呼ばれ、現在のトレーニング理論の基礎となっています。
つまり選手の状態は、
「能力があるか」ではなく
能力を発揮できる状態かどうかで決まります。
なぜ練習量を増やすと崩れるのか
トレーニングを行うと身体には2つの変化が同時に起きます。
能力が高まる(適応)
疲労が蓄積する(抑制)
能力の向上はゆっくり起こりますが、
疲労の蓄積はすぐに起こります。
この状態でさらに練習を重ねると、
能力の向上よりも疲労の影響が上回ります。
すると身体には次の変化が起きます。
姿勢が高くなる
ストライドが伸びない
接地が乱れる
技術が不安定になる
多くの場合、これは技術の問題と考えられます。
しかし実際には 疲労による神経制御の低下 です。
「調子が悪い」の正体
選手が言う「調子が悪い」は曖昧に聞こえますが、
科学的には説明できます。
疲労が蓄積すると、
脳から筋肉への指令の精度が低下します。
筋力が出ないのではなく、
正しいタイミングで力を出せなくなるのです。
スピードスケートでは特に、
滑走のリズムと片脚支持の安定が崩れやすくなります。
この段階でさらに追い込むと、
フォームを崩した状態を身体が学習してしまいます。
これがいわゆる「スランプ」の正体です。
超回復とは何か
トレーニングの効果は、練習中ではなく回復中に現れます。
運動
↓
疲労により能力低下
↓
回復
↓
元の能力を上回る(超回復)
この回復期間に適切な休養が与えられると、
身体は以前より高い能力を持つ状態になります。
しかし回復前に次の高強度練習を入れると、
超回復は起こりません。
つまり練習は
「たくさん行うほど良い」ではなく、
適切な間隔で行うほど効果が出るものです。
トレーニングは「量」ではなく「配置」
優れた指導とは、練習メニューを増やすことではありません。
疲労と回復の波を設計することです。
高強度練習の日
技術練習の日
回復の日
これらを意図的に配置することで、
能力ははじめて向上します。
逆に、毎日同じ強度の練習を続けると、
身体は常に疲労状態となり、パフォーマンスは停滞します。
努力が無駄になる瞬間
努力が結果につながらないとき、
多くの選手は自分の能力を疑います。
しかし実際には、能力が不足しているのではありません。
発揮できる状態にないだけです。
スピードスケートは
「どれだけ頑張れるか」の競技ではなく、
「どれだけ良い状態で滑れるか」の競技です。
次回は、
競技力を左右する最大の要素である「回復」について、
具体的な方法を紹介します。