なぜスピードスケート選手は疲れるのか
― “脚の競技”に見えて、実は姿勢の競技 ―
冬のオリンピックで、最も「滑らか」に見える競技の一つがスピードスケートです。
氷の上を静かに滑っているように見えるその動きは、激しい接触もジャンプもありません。
しかし、実際には多くの選手が 脚の強い疲労、腰の痛み、後半の失速 に悩まされます。
なぜでしょうか。
それは、スピードスケートが「脚の競技」ではないからです。
低い姿勢が身体に起こしていること
スピードスケートの特徴は、あの独特の低い姿勢です。
上体を前傾させ、膝を深く曲げ、ほぼ中腰の状態で滑り続けます。
この姿勢は見た目以上に身体へ強い負担をかけています。
実はこの姿勢では、太もも周囲の筋肉が持続的に収縮し、
筋肉の中の血管が圧迫されます。
すると筋肉への血流は一時的に制限され、
脚は軽い「酸欠」に近い状態になります。
つまり選手の脚の中では、
酸素が不足する
代謝産物が蓄積する
神経の働きが鈍る
という現象が起きています。
スピードスケートは持久競技に見えますが、
実際には 非常に局所的な高負荷運動 なのです。
なぜ後半にフォームが崩れるのか
レース後半、選手の姿勢が少し高くなり、ストライドが短くなる場面を見たことはないでしょうか。
多くの場合、これは「気持ちの問題」ではありません。
筋肉が疲れたからでもありません。
身体の中では、疲労により 神経と筋肉の連携(協調運動)が低下 しています。
すると本来は股関節から出すべき力を、膝や腰で代償し始めます。
結果として
太ももばかり疲れる
推進力が落ちる
姿勢が上がる
という変化が起きます。
つまり、フォームの崩れは技術の問題ではなく、
疲労による身体の制御能力の低下 です。
腰痛が起こる本当の理由
スピードスケート選手に腰痛が多いことはよく知られています。
しかし、その原因は「腰を酷使している」からではありません。
本来、推進力を作る中心は股関節(お尻の筋肉)です。
ところが疲労が進むと、この働きが低下します。
すると身体は代わりに腰の筋肉を使い始めます。
これは補助動作であり、本来の役割ではありません。
その結果、
腰の筋肉が過剰に働き続け、痛みが生じます。
つまり腰痛は損傷ではなく、
身体の使い方が変わったサイン なのです。
練習しているのに伸びない理由
ここで重要な視点があります。
多くの選手は、パフォーマンスが落ちると
「練習量が足りない」と考えます。
しかし実際には逆のことも少なくありません。
競技力は
能力 − 疲労 = 発揮能力
で決まります。
能力があっても、疲労が回復していなければ発揮できません。
この状態でさらに練習量を増やすと、むしろ動きは崩れていきます。
伸び悩みの原因は能力不足ではなく、
回復不足 の場合があるのです。
スピードスケートは「回復の競技」
スピードスケートは
氷上の練習量だけで上達する競技ではありません。
姿勢を維持する神経の回復
筋肉の代謝回復
睡眠による修復
これらが揃ったとき、はじめてトレーニングの効果が現れます。
つまりこの競技では、
「どれだけ練習したか」よりも
どれだけ回復できたか が重要になります。
参考
「フィットネスー疲労理論」(Bannisterの理論):練習の効果と疲労の関係を説明。
その他:「虚血性疲労」(Ischemic fatigue)、「代償動作」(Compensatory movement)