― 脳の中に「体の地図」をえがこう ―
「うちの子は運動神経が悪いんです」 「僕は足が遅いから、スポーツは向いていないんだ」 そんな言葉をよく耳にします。
足が速い子を見ると「才能がある」、ボールが苦手だと「センスがない」。 私たちはつい、運動能力を“生まれつき決まっているもの”と考えがちです。
しかし、運動科学の研究ではまったく違うことがわかっています。 日本を代表する運動科学者の深代千之氏は、「生まれつき運動神経が悪い人は一人もいない」とはっきり述べています。
運動神経の正体は「情報のパイプライン」
そもそも「運動神経」とは何でしょうか? それは、脳が出した「動け!」という指令を筋肉に伝える「情報の通り道(パイプライン)」のこと。このシステムを「神経系」と呼びます。
「運動が苦手な人は、この情報の伝わるスピードが遅いのでは?」と思うかもしれません。 しかし、神経を情報が伝わるスピード自体には、実は個人差がほとんどありません。
では、上手・下手の差はどこで生まれるのでしょうか? それは、「脳からの命令を、いかに正確に筋肉へ届けられるか」という経験の差です。
運動が得意な人とは、特別な魔法を使える人ではありません。 「自分の体を、頭でイメージした通りに動かせる人」のことなのです。
子供の伸びしろは「筋肉」より「脳」にある
子供の成長には、ある特徴があります。「スキャモンの発育曲線」というモデルを見ると、体のパーツによって成長するタイミングが違うことがわかります。

※SGS総合栄養学院ホームページより
骨や筋肉: 中学生くらいから本格的に発達する
脳と神経: 0歳から12歳ごろまでに、大人の約100%まで発達する
つまり、小学生までの運動は「筋肉をムキムキにすること」が目的ではありません。 脳から体へ命令を送るための「神経の回路(ルート)」をつくることが一番大切なのです。
※リンパ型、神経型、一般型、生殖型は最下段に解説
3歳〜12歳は「黄金の成長期」
この時期は、一生に一度だけ訪れる「動きの習得」に最適な期間です。
プレゴールデンエイジ(3〜5歳):神経回路が作られる時期 この時期は「練習」よりも「遊び」が大事です。走る、跳ぶ、投げる、登る、転がる……。遊びの中で多様な動きを経験するほど、脳の中に「体の動かし方の地図」が細かく書き込まれていきます。
ゴールデンエイジ(6〜12歳):動きが“身につく”時期 「即座の習得」ができる時期です。一度見た動きをすぐマネできたり、コツをパッとつかめたりします。この時に覚えた動きは「一生ものの記憶」として脳に保存されます。
専門スポーツは「あせらなくていい」
「プロを目指すなら早くから一つの競技に絞るべき」と思われがちですが、実は逆です。 野球、サッカー、水泳、体操……。いろいろなスポーツを経験することで、脳の中の「動かし方の引き出し」が増え、結果的に専門競技の技術も早く身につくようになります。
これを「動作の転移」と呼びます。一つのことだけを繰り返すよりも、いろいろな遊びや運動を混ぜるほうが、運動能力の土台は大きく育つのです。
運動は「学力」のパートナー
実は、運動ができるようになると、お勉強の力も伸びやすくなります。 体を動かすとき、脳は「どこに足を出せばいいか(空間把握)」「いつ跳べばいいか(タイミング)」「どうすれば転ばないか(バランス)」とフル回転しています。
この「脳を使う力」は、集中力や理解力のベースになります。つまり、運動は「体」だけでなく「脳」を鍛える最高のアクティビティなのです。
最後に:才能のせいにするのは、もったいない!
「足が遅い」「ボールが苦手」。それは才能がないのではなく、まだ脳の中に「その動かし方の地図」が描き終わっていないだけ。
大切なのは、上手にさせることではなく、「自分の体を動かすって楽しい!」という経験を止めないことです。子供たちの可能性は、才能という言葉では縛れないほど、無限に広がっています。
用語説明
生殖型:男性や女性の生殖器、乳房、咽頭などの成長
一般型:身長や体重、筋肉、骨格などの成長
リンパ型:胸腺などのリンパ組織の成長
神経型:脳や脊髄、視覚器などの神経系や感覚器系の成長
📚 参考文献・引用元
今回の記事を執筆するにあたり、以下の文献を参考にしました。
深代 千之 著『子どもの学力と運脳神経を伸ばす』(KANZEN)
脳と運動の関係性、神経系の発達についての基本理論。
『運動神経は10歳で決まる!』(マキノ出版)
小林 寛道 著『運動神経の科学』(講談社現代新書)
Scammon, R. E. (1930). “The Measurement of the Body in Childhood”