スポーツ科学が示す「個体差」と「最適解」の考え方
― 才能とは“自己管理能力”である ―
前回の記事「なぜスポーツをすると、仕事や勉強ができるようになるのか」では、スポーツ科学とは人間という複雑な存在を身体を通して理解する科学であり、能力は「身体のコンディション」という土台の上に成り立つことを見てきました。今回は、そのさらに深い核心に迫ります。
■ なぜ「同じ努力」をしても結果が違うのか?
同じ練習量、同じ時間、同じ指導。それでも結果が残酷なほど分かれるのは、人間が「誤差のかたまり」だからです。ここでいう誤差とは単なる測定のズレではなく、「その人がその人である理由」そのものです。
神経の発達段階
骨格・体質・遺伝
睡眠・栄養の吸収効率
心理的ストレスへの耐性
これまでの人生経験
スポーツの領域に限らず、この個体差を無視して「努力量」という数字だけを増やしても、能力が空回りするだけで成果には結びつきません。
■ スポーツ科学は「共通解」ではなく「個別最適」を探す
スポーツ科学と一般的な自然科学では、見ている方向が根本的に異なります。
| 観点 | 自然科学(一般論) | スポーツ科学(個別最適) |
| 目的 | 普遍的な法則を見つける | あなただけの最適解を見つける |
| 正解 | たった一つ | 人の数(身体の数)だけある |
| 誤差の扱い | 排除すべきノイズ | 理解すべき「個性」そのもの |
スポーツ科学は「平均的な正解」を押し付けるものではありません。「あなたの身体が、いつ、どんな条件で最も力を発揮できるか」を探求する学問なのです。
■ 重要になるのは「自己管理」という名のメタ認知
スポーツ科学が現場で真に「実装」される瞬間、それは自己管理(セルフマネジメント)として現れます。これは単なる習慣の問題ではなく、自分の状態を客観的にモニタリングする力(メタ認知)を指します。
「なんとなく調子が悪い」を”交感神経と副交感神経が乱れて”いて、現状は”交感神経が過剰で脳は生存優先のモードに切り替わた。この時エネルギー(血液や酸素)は、反射的な行動を司る「大脳辺縁系(扁桃体など)」に優先的に配分され、高度な計算や論理構築を行う前頭前野は二の次(エネルギー不足)にされてします。そこで「自律神経の回復が遅れているから、今日は論理作業を減らそう」と解釈できる力。これこそが科学を使いこなすということです。
■ 科学は“外から与えられるもの”ではない
科学が本当に機能するのは、他者の指示に盲従したときではありません。自分の内側の感覚と結びついたときだけです。
トレーナー、データ、プログラム。それらはすべて「外側の情報」に過ぎません。実際に競技をするのは、あなたの身体であり、神経であり、感覚です。トップアスリートが共通して持つのは、今の自分の状態を感じ取り、微調整できる「自己調整能力」です。
■ トレーナーは「代行者」ではなく「翻訳者」
優れたトレーナーの役割は、選手を管理することではありません。「選手が自分の身体を理解できるよう翻訳すること」です。
トレーナーがいなくなった瞬間に崩れる管理は本物ではありません。コンディションの最終決定権を持つのは、常に選手本人だからです。プロとは技術がある人ではなく、自分の状態を観察し、その日の最適な行動を自分で選べる人(=自分の監督)を指します。
■ 結論:才能とは「自分を使いこなす技術」である
才能とは生まれつきの固定された能力ではなく、**「自分の状態を理解し、最適な環境に合わせ続けられる力」**のこと。
アスリートにとっても、ビジネスパーソンにとっても、それはトレーナーや上司任せにするのではなく、自分という複雑なシステムを扱いこなす「自己管理という名の科学」なのです。
📚 参考文献
Diamond, A. (2013). Executive Functions. Annual Review of Psychology.
Hillman, C. H., et al. (2008). Be smart, exercise your heart. Nature Reviews Neuroscience.
Ericsson, K. A. (2006). The Cambridge Handbook of Expertise and Expert Performance.
Varela, F., Thompson, E., & Rosch, E. (1991). The Embodied Mind: Cognitive Science and Human Experience.